故郷

故郷は遠くにありて想うもの。石川啄木であるけれど、本当にそうだと想う。
上京して一巡りしてしまった。上京したての頃は、年に何度も実家に帰省していた。まだ両親が健在だった頃だ。
就職した先は、仕事柄頻繁に地方へ出張する機会も多く、また出張先のひとつに実家がある場所からほど近いところであったから、盆正月や連休以外にも出張のついでに帰省していたものだ。
住み慣れた街はそのときはまだ今の故郷だ。東京は住み始めたものの訪れる街であり、まだ住人という意識が少ない。まして帰郷する機会が多く、もしかしたら東京という環境に慣れるのは人よりも長くかかったのかもしれない。
生活も一新、毎日満員電車に揺られ職場へ行く。職場は高いビル群に囲まれた一画にある。周りも全て忙しそうだ。
生活に慣れるのが精一杯で、毎日が緊張の連続だ。こういうときは今を生きることが精一杯で、故郷を想う気持ちなどはありはしない。
ああ、故郷が恋しい、と望郷の念に駆られるのはずっと先の話である。
在京の年数が長くなると、故郷に戻る(生活基盤を戻す)可能性は年々薄まってくる。まだ若いうちは「戻っておいで」との話もあり、もしかしたら就職先もあったかもしれないし、そこで新しい家族を持つ可能性もあったかもしれない。
けれど、そんな可能性はどんどんなくなり、自分と故郷の距離はどんどん離れる一方になる。
帰省する回数も滞在日数もどんどん減っていき、そのうち忘れてしまうのではないかと想うくらいだ。
けれどそういうとき、ふとテレビで故郷が映し出された時、都内で観光PRをやっているのをみかけたとき、JRのポスターを見たとき、ふとそこで足を止めてしまう。
そして一瞬だけれども、故郷を想い郷愁の念に駆られるのだ。もしかして戻るかも、いや戻らないかもしれないけれど、私が生まれ育った街。遠くにあるからこそ懐かしく、寂寥の想いに駆られるのだ。