ふるさとの風景

里山の風景という。原風景ともいう。
日本の古き良き故郷の原型がまだ残っている空間が原風景という。
近代化が進む中で古いものと新しいものが融合する。融合して違和感のないものと、相容れないものがある。
風景の中にある自然は、古い新しい関係なく、今も昔も変わらない。けれどその中にある人工的なものは時代とともに、移り変わる。
家々は、茅葺きの屋根の家達であれば、その時代を偲び風景に溶け込み、美しい風景を作り出すことであろうと思う。
世界遺産に登録されている白川郷がまさにそれだと思う。昔からの合掌造りの集落が残る。その空間は今では特別で、特別になるのは文化的な要素のみならず、その空間が今でも残る数少ない原風景の一つだからではないだろうか。
私の故郷にはそういった特別な空間というのは少ないかもしれないけれど、田んぼが広がる様や、その向こうに見える南北に連なる山々は故郷の懐かしい風景だ。
春には、田植えしたばかりの田んぼは青々としていて、山々の緑も萌えるような緑で、息吹を感じさせる。
夏になると稲はどんどん生長して、その青さを一層色濃くする。山も同様で夏の暑さに耐えるように緑の濃さを増す。
秋になると稲穂は頭を垂れて黄金色に輝き、山は緑から錦色に色を変える。
冬になれば雪が積もり銀世界になり、山も暗く影を落とす。
この四季おりおりの故郷の風景は今でも目を閉じて思い描くことができる。そして私の眼下に浮かぶ風景はいつも、電車の中から車窓を眺めた時の風景だ。
故郷に降り立ちその空間にいればそのような風景のことを思い出しもしない。私自身が故郷の空気に一瞬で慣れ親しんでしまうからだ。
それもそうだろう。生まれてから相当の長い間、その空間の空気を吸って育って、暮らしてきたのだから。
そしてその空間を離れるとき、また故郷の風景を見ながら、ああこれが私の故郷だと感傷にひたりながら、家路につく。